9 月 8th, 土曜日, 23:53 pm, 2007,

現代医療を垣間見る

母が入院。

早朝に病院よりお電話が入り、急ぎ向かう。幸い今のところ大事には至っていないが、併発している病をいくつか持ち合わせているので、今後も慎重に見守る。

担当医はとても若い方だが、母の病状を懸命にご説明頂いた。早口に送り出される専門用語に初めは追いつくのがやっとだったが、次第に最善を尽くしますというメッセージがお話し全体から伝わってきた。

現代医療の抱える問題点を垣間見たので一つ。今回、さいあくのケースも想定して、「延命処置」についても話し合われた。

「延命処置」は一度行ってしまうと、途中で止めることができないそうである。止めてしまったらそれは「殺人」と認定されてしまう。

でも「延命処置」が早期の回復につながるかどうかは、「やってみないと分からない」というのが、医療現場の実状なのだそうである。

だからといって、一時的であるにせよ、心臓が止まった患者に対し「延命処置」を施すことで回復する可能性がないことはまったく言い切れない。

むしろ人工呼吸などの延命処置は、正常な人間が突発の事故においても効果を上げる最良の対応策である。

それが入院患者に対しては、適応できない。もし相応の「延命処置」を行えば、それを永続的に行わなければならないのが、現在の医療倫理のルールなのだそうである。

先の主治医には、母のふだんからの言動に照らしてあるメッセージを伝えた。そして署名のことわりには「原則的に」を添えて頂いた。どこまでも生死の選択は人間的営みである。そこに社会規範が介入しようとも、「その時」がきたら、直感に頼るしかないのである。

No Tag

コメント/トラックバック

現在、この記事へのトラックバックは受け付けていません。

この記事のコメント・トラックバックRSS

コメントする

管理人にのみ公開されます