アイデア・発想の源泉の考察から 「Web2.0 的」にアプローチする
日々湧いてくる自分のアイデアや発想はどこから来るのか?
世の中には情報を発信し続ける人と、受信し続ける人がいる。
ボクも勤めている頃、受信し続けている人だった。
「思ってはみた」ものの、それが「発信する行い」につながらない。
黙々と受信し続ける日々。たぶん、それもありなんだろうと。
そして、温泉が湧き出るように、ふつふつと沸き出でるアイデア・発想を惜しげもなく、出し続ける。それもありなんだろう。
そもそも、アイデアや発想がその人所有のものだという考え方が間違っている。
思想や哲学は誰かが考えたものであっても、誰もが考えられる可能性のあるべきもの。
たまたま「初めて考えついた」人が何人かいたとしても、
そのことを行ったり来たりしている内に、多くの人が同じことを考え出す。または同調、共感を始める。
それはそれでいい。
人の発想やアイデアは、やがてマネをされ、次々と人から人へ伝播されていくものであり、ゆっくり確かなスピードで世の中にゆき渡る。
それもそれでいい。
発信し続ける人は、たまたま自身の心の内に「源泉」を見つけてしまった人である。
それを商売に使おうが、開放して多くの人に役立ってもらおうが、
それもどっちでもいい。
どっちにころんでも、ある考えに触発された誰かがまた、新しいまたはあたかも新しいかのようなアイデア・発想に行き当たり、別のどなたかに伝えられていく。
「 Web2.0 的」ネットツールの数々もまたそれを具現化した人類の辿り着いた新大陸なのだろう。
人の生の営みをタテ軸のベクトルとすれば、それを横断するヨコ軸のベクトルが、何か。なんだか? 尊いものになったりする?
サムシング グレイト( Something Great )の考察はまたこんどにします。
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