皇位継承に職業選択の自由は適応しないのか?
「決められたレール」を脱線する自由を、皇室においても、例外なく選ばさせてあげてほしい。
お子さま御生誕おめでとうございます。明るく健やかに育って頂ければと思います。
眞子さまがお生まれになったのが91年の秋。ボクはちょうどその年、社会人入学の制度を使って(その年だけ)学習院大学に在籍していた。初夏のある日、キャンパスで紀子さまとすれ違い、ニコッと会釈して下さった。ハッと心を奪われた。もう10年以上も前のことなのに今でも鮮明にそのときのことを覚えている。
生まれてきた赤ん坊は男の子。皇位継承、第三番目の資格者となる。皇室が41年ぶりに授かった継承への道もある重要なポストの御子様となる。
たしかに天皇制の存続は、日本古来の大切な伝統の一つとして戦後も代々受け継がれてきた。そしてどんなときにでも、私たちを明るく和ませてくれるファミリーとして、国民から親しまれ慕われ続けてきている。
でもその一方で、世の中はフリーターが溢れ返り、さまざまな価値観が交錯している。いろいろな生き方が模索され続け、IT社会が到来しそのダイナミズムに拍車をかけている。
生まれながらにして半ば生きる道を決められし御子の将来は、果たして本当に幸せか?
誰も答えは持ち合わせない。答えを決めることができるとすれば、「その子自身」である。そしてその決める答えもまた、生まれながらにして用意されている環境の下に、決められし「王道」を歩く人生を公然と周到に用意されている。
できれば、国民に問いたい。たった一人のお子であっても、掛けがえのない生を享けし命を、思う存分に輝かせてほしい。と思えばこそ、「決められたレール」を脱線する自由を、皇室においても、例外なく選ばさせてあげたいと思うのは「非国民」か?
男女平等、自主憲法の草案がお題目だけで終わらぬよう、生誕フィーバーだけでうやむやにしてしまうことの無きよう、国民を始めとするマスコミ・代議士さん達はこんこんと議論を重ねてほしい。
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目的を見出せない若者にとって道が決まっているのは案外楽
っていう考えもあるよ