まだ見ぬものを見ていく営み
小さなお店に入ることの楽しみの一つは、そのお店のこだわりや大切にしていることを感じ取ることである。
神田に得亭という小さな和食料理屋さんがある。そのお店に入ってストーンと飛び込んできたのは、奥の間にある空間だった。テーブルと椅子がこじんまりと並べられて、窓が添えられいるだけの一見何でもない場所なのだけれど、茶室を連想しそうなその空間は何かとても趣を感じられた。
そこのオーナーに聞いてみると、初めのお店の設計でまずその空間をどう演出するかを、お部屋の設計者と話し合ったという。
私たちデザイン屋はデザインをする時に、自らの心の内に感じ取られるそのものの伝えてくる本質を大切にする。
決して目には見えなくても、何か気になるもの、触発されるものがあったら、それはやはりそこに何かが起こっているのだ。誰かの思い入れや他と違う何かがあって、それで自分の心の内に気になって仕方がなくなってくる。
そんなときはそっと目を閉じて、そのまま自分の心に聞き入る。そしてメッセージをくれる。
自らの内に芽生えし言葉・発想・デザインはもしかしたら、間違っているかも知れない。間違っていてもいいのである。元々何の明確な根拠もなく掘り当てる作業なのだから。。それでも、結果的にはあまり外れることはない。
本質を探る中で大切なことは、思いを馳せるという自身の行為の質、そのもの。過剰な想い過ごしではないのか? クライアントの意図せざる妄想であったりはしないか?いつも不確定さと組み合う。
そして得られたヒントや発想を基に、推論を組み合わせ、組み立てていく。その全貌が見えてきたときにようやくホッとする。
確かにそこにあるものを伝えていくこと、見えないけれどそこにあっていい何かに価値を見出す営み、どちらも大切なデザインワークなのだと思う。



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