6 月 24th, 土曜日, 10:38 am, 2006,

みじめさをさらすことは勇者のみが選択し得る特権だ

声援を送り続けられるサポーターであるために、プレーヤーとしての自分自身の生き方も決して妥協しない。


サッカーW杯試合後、ヒデはセンターサークルでしばし身をさらした。

お決まりごとのサポーターへの挨拶に誘っても、そこを動こうとしない。みじめだ。

みじめさをさらすことは勇者のみが選択し得る特権だ。

みじめをかみしめること。そこからしかリベンジは生まれない。

「宿命」に挑戦する。

人は生まれながらにして、一つの環境を与えられる。望むと望まざると。

どんなに魂を込めても、「宿命」にひれ伏せねばならない時がある。

そうした「宿命」とは別に、自らの意志で選択していくのが「運命」だ。
一人の一念は、確実に「運命」を変えていく。

定められた「宿命」を、どう「運命」で変えていくのか、ヒデの挑戦は続く。

サポーターであると同時に、プレーヤーでもある自分の人生を、どう切り開いていくのか。

声援を送り続けられるサポーターであるために、プレーヤーとしての自分自身の生き方も決して妥協しない。

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