生きていることがマルもうけ
ボクは思った。身体が救ってくれたのだと。常識的に考えれば、考えるのは大脳の役割だ。でも、違う。体の細胞の隅々が意思と意識をもっていて、自分を誘(いざな)ってくれたのだと。
しとしと雨が降り続きますネ。今日あたりからそのまま梅雨入りだとか。。
天に身を委ねる。
そういう気持ちがもてるようになったのは、今から10年前のできごとがあったからかも知れません。
ちょうど10年前、1996年の2月のことでした。
ボクは死んだはずでした。
事故にあって、自転車ごと引かれて飛ばされて、即死の事故に出会ったのですけれど、ひざの皿を割っただけで済んだ。。
車は時速50kmを飛ばしていて、はねられた瞬間、ボクは自転車に乗っていて、車のボンネットにのり、フロントガラスがクッションとなり、飛ばされた。ホップ、ステップ、ジャンプと、・・もちろんその時の記憶はなく、意識を取り戻したのは、病室のベッドの上。
警察のご担当の方はこうボクにはっきり言った。
「良くて下半身不随。生きているのが奇跡だ。」と。
ボクは思った。身体が救ってくれたのだと。常識的に考えれば、考えるのは大脳の役割だ。でも、違う。体の細胞の隅々が意思と意識をもっていて、自分を誘(いざな)ってくれたのだと。
その頃ボクは空手をやっていた。車が迫った瞬間、反射的に体が反応して、自転車からボンネットに体を運んでくれたのだろう。
その時から、ボクは今まで生きてきたことがマルもうけだと思うようになった。
だから何が起こっても構わないし、何も起こらなくても有り難いと思う日々。
あの事故が起きて2ヶ月後の1996年4月、ヤフーが誕生した。そして10年と2ヶ月、ボクは IT業に精進する日々。
今日、ボクの仕事をコンサルしてくださる方に仕事の資料をお見せした。
お目を通して頂きましたことに感謝します。


そんな強運の持ち主とは
全然知りませんでした!
でも、たまに後遺症が出ているような気がするのは私だけ?(笑)
この10年ほどこの事故のことを他の方に話したことはほとんどありませんでした。
「後遺症」的症状はおそらくその前からだと思います。むしろ少しまともになったかも。。(笑)